日常的に使うVRへ: 使い始めやすさと使い続けやすさ


この記事はOculus Rift Advent Calendar 2018の20日目です。

技術や実装の話からちょっと離れて、ここのところ考えていた話を。

VR元年と囃し立てられた2016年から3年近くが経ち、最近は市場の伸びが期待したほどの勢いではないのではないかという声も聞かれます。その一方、日本では特に5月に発売されたOculus Goがその低価格から大きく注目され、同じスタンドアローン型の本命として来年発売のOculus Questに期待がかかったりもしています。

また、去年後半から今年にかけては施設型VRやVTuberなど、末端のエンドユーザーに対して直接VR機材の所有を要求しないユースケースも大きく注目を浴びました。本記事ではあえて、「いかにしてより多くの人にVR技術を直接所有し、使用し、更には使用し続けてもらうか?」という問題を、「使い始めやすさと使い続けやすさ」という概念から考えていきたいと思います。

個人普及へのハードル

VR技術が一般のユーザーに普及するまでには色々なハードルがあると言われます。そのいくつかを見ていきましょう。

価格

最初のわかりやすいハードルは価格でした。RiftやViveといったハイエンドヘッドセットは現在の基準で見ても非常に高い性能のゲーミングPCを必要とし、一般家庭にあるノートパソコンでは全く性能が足りません。PlayStation VRはそれよりは一段安いですが、それでも据え置き型ゲーム機を持っていることが前提になりますし、Gear VRやDaydream Viewは特定機種のスマートフォンを持っていることが前提になります。特に、PCゲーム文化があまり根付いておらず、かつスマートフォン市場がiPhone一強な日本では、関連機器を何も持っていない人がVRを使える状態になるまでの前提条件がなかなか高い状況でした。

Oculus Go (2018)

この問題はOculus Go, Oculus Quest, Mirage Solo, Vive Focus等の今年から増えてきたスタンドアローン機によって改善しつつあると言えるかもしれません。Goが¥23,800と携帯ゲーム機並の価格で登場したことにより、今まで興味を持っていたが手を出していなかった人でも手が届くようになりました。Goの発売後に起こった学生Goプロジェクトも記憶に新しいところです。

QuestはGoより出来ることの幅が大きく広がりますが、価格も当然Goよりも上がります(米国価格$399、日本国内価格未発表)。今までのVRの流れを把握している人であれば、この価格で、スタンドアローンで、両手も頭も位置トラッキングありの6DoF!!というのは即買いのコストパフォーマンスですが、その文脈を共有していない、より多くの人々にとっても買いたくなる安さであるかどうか。この答えは実際発売されるまでわかりませんが、これから見えてくるでしょう。

継続的なユースケース

一方、機材が安くても、その中でやることがないのでは意味がありません。また、VR体験施設を訪れてその場限りの非日常として(ハレとして)体験するだけでなく、自分でVR機材を所有して持ち続けるのであれば、それに足る、日常的・継続的に(ケとして)使い続けられる利用用途が必要です。Oculus創設者のパルマー・ラッキーも、自身のブログにおいて「継続的な利用エンゲージメントこそが全てであり、それがなければたとえ無料であってもまだ高い」という趣旨の論考を公開しています。

VRを初めて体験したときにまず感じるのは、頭や手の動きにぴったり連動した立体視聴環境から生じる、それまでのゲームや映画などのメディアには無かった「うわあ!Wow!」と声が出るような新鮮な驚きです。初期に注目されたVRコンテンツを見るとその傾向は強く、最初期にはDK1のRift Coaster、また各社の製品版発売以後もOculus DreamdeckPlayStation VR WORLDSのOcean Descent、またWevrのTheBluなど多くの作品が作られてきました。僕も初めてRift Coasterを体験したときの衝撃は今でもよく覚えています。

Rift Coaster (2013)

ただ、「うわあ!」に依存したコンテンツは最初のインパクトこそ大きいものの、長続きせず、何度も繰り返し体験するのに向きません。一回きりのインパクトに終わらないためには、その人にとってVRを継続して使い続けられるユースケースが必要です。

この「使い続けられるユースケース」は、ある程度限定的な形では、いくつか生じてきているのではないかと思います。元々ディープなPCゲーマーだった人で、その流れの延長線上でBeat SaberEcho Arena等のハイエンドVRゲームを継続して遊んでいる人というのはReddit等でよく見ますし、以前から映画やドラマファンだった人にとってはGoでNetflixを見るのも継続できる行為でしょう。また、2D画面で始めたVRChatの魅力に取り憑かれて、ゲーミングPCとVRヘッドセットを導入し、何千時間とVRChat内で過ごしている人も多くいるはずです。

これらのユースケースがそれぞれのニッチを打ち破って一般層にまでリーチできるくらいの普遍的な訴求力を持っているのか、また、最終的にマスに対してキラーとなれるような継続的ユースケースが何になるのかは、まだ答えは出ていません。日本に関しては、初期のコンテンツが欧米発のものが多く、馴染みにくいというファクターもあったと思います。最近は前述の通り価格のハードルがやっと下がってきており、国内製で日本人にも馴染みやすいコンテンツやアプリが、手に入れやすいスタンドアローン機向けとして増える兆しが見えてきています。バーチャルアーティストのVR内ライブなど、キャラクター文化の強いアジアならではのものもありますね。

…しかし最近驚いたのは、VRライブに参加するためにVRヘッドセットを買うつもりだが、ライブが終わったらすぐ売るという意見を某所で耳にしたことです。聞いた瞬間に膝から崩れ落ちそうになりましたがw、VRによるバーチャルライブがその人に「機材を買う」「使う」までの行動を起こさせる魅力があっても、その人の場合「使い続ける」までは未だ至っていなかったということが伺いしれます。やはり、本当に普及したと言える状態になるには、「使い続ける」まで到達することが必要です。

時間の使いやすさ

継続的なキラー・ユースケースの解明が最重要、というここまでの趣旨だとパルマーのブログをなぞっただけになってしまうし、「お前ここまで『わからない』ばっかじゃねえか」って感じなので、もう少し小手先な話ですが、継続的な使用に関しての話を少し。

VR開発者のイベントなどで人と話す中で時々言ってきた事で以下のようなものがあります。--個人向けのVRコンテンツに関して、ヘッドセットをかぶっている間に起きている事への研究は世界中の開発者により行われてきたが、ヘッドセットをかぶる前・外した後のユーザーの体験についての研究はもっとやれる余地があるのではないか。

施設型のVR体験の場合は、ヘッドセットをかぶる前・外した後のユーザー体験はかぶっている最中と同様に重要視され、遊園地の体験・導線設計などと同じように、様々な工夫がなされています。一方、個人用のVRコンテンツでは、勿論やれる事の自由度が制限されるというのはありますが、それを考慮してもそれほど力を入れているものを見たことがありません。

僕の好きな本に、インタラクション研究者渡邊恵太さんの「融けるデザイン」があります。インタラクティブなシステムを設計するにあたっての様々な視点を提供してくれる良書ですが、その中でも特に、「時間の使いやすさ・使いにくさ」という概念を提示されているのは非常に重要だと思っています。「時間の使いやすさ」とは、コンテンツや道具を使っている間ではなく、使い始める前使い終わってから再度使うまでの間、すなわちユーザーとなって「時間を使ってくれる」前(プレ・ユーザー)の段階において、どれくらい「時間を使いやすいか」を意味します。これは使い始めやすさ、やめやすさ、戻ってきやすさ、などと言いかえることもできるでしょう。いかに一度使い始めさえすれば便利で使いやすくて面白いシステムであっても、使い始めるまでのハードルが高いと、肝心の使っている状態にたどり着きにくくなってしまいます。(12/20追記: 渡邊さん自身も、VR/ARの使い始めやすさに関する考察を以前書かれていました。)

渡邊さんが制作されたコンセプトデバイスにCastOvenという電子レンジがあります。この電子レンジの加熱機能は通常のレンジと変わりませんが、加熱時間を入力して調理を始めると、加熱時間と同じ長さの動画をYouTubeから検索してきて前面の液晶パネルで再生を始めます。そのまま動画を観ていると、ちょうど観終わった時に調理が完了する、という具合です。ここでは「動画の視聴」という行為は「食事の用意」の行為の流れの中にシームレスに組み込まれているため、わざわざ「動画を観よう」というアクションを起こさずとも発生することができています。

CastOven (2008)

振り返ってみると、パーソナルコンピューティングデバイスの歴史は、

  • 家の中の一箇所に座って使わなければいけないデスクトップパソコン
  • 持ち運べるが、使うときは机に置いて開いて使うノートパソコン
  • 場所や姿勢を問わずいつでもポケットから出して、一瞬画面を見て戻すもよし、ながらで使うもよし、がっつり使うもよしの携帯電話・スマートフォン
  • 通知が来たら腕を1秒だけ見て瞬時に戻すスマートウォッチ

など、「使い始めるためにユーザー側の大きな心理的・物理的コミットメントが必要」から「より少ないコミットメントしか要求してこない」流れへとひたすら進んできた歴史でした。今の所はスマートフォンが、出来ることの幅とコミットメントの少なさの丁度いいバランスと認識されているようです。これを踏まえると、使うためにヘッドセットをかぶって外界を遮断せねばならず、ながら利用も難しいVRヘッドセットは、使い始めやすさの観点では生まれながらにして相当なハンデを抱えていると言えます。「ヘッドセットをかぶるのが面倒臭い」という問題は、ヘッドセットベースである限りは避けられないものとしてついて回ります。

長期的に見ると、技術の進歩によりVRヘッドセットがARヘッドセットと融合し、アニメ「電脳コイル」の電脳メガネのように一日中常にかけっぱなし、AR重畳表示は出しっぱなし、必要な時に一発でVRとARを切替可能…となった時にこの問題は解消すると考えられるので、未来永劫に渡ってまで問題であり続けるわけではないでしょう。

電脳コイル (2007)

が、いずれそうなるとしても、今現在の目の前には「めんどくさい」問題は依然としてあるわけです。今すぐに電脳メガネにたどり着けるわけではないので、当面は今あるものでどうにかしなければならない。この問題に対面するにあたって、CastOvenのような考え方は有効なのではないでしょうか。

使い始めやすさの工夫

ソーシャルVR環境AltspaceVRでは「VR Call」という、VR空間内で1対1で会話をする機能がありましたが、この機能のGear VRでの始め方が面白いものでした。

AltspaceVR: VR Call (2016)
  • VR通話リクエストを受け取った人のスマートフォンにプッシュ通知が表示される
  • 受信者が通知を了承すると、「Gear VRに装着してください」という表示が出る
  • スマホをGear VRに装着してかぶると、VR版Altspaceアプリが直接起動し、発信者のアバターが待っている部屋に一気に遷移する

この形だと、行動の起点はVRヘッドセットをかぶる事ではなく、日常的にいつも見ているスマホのプッシュ通知になるわけです。

Gear VRのSamsung Internet VRブラウザにも近い仕組みがありました。Samsung InternetはもともとVR関係なしに、Galaxyシリーズのスマートフォンにプリインストールされているサムスン製のブラウザアプリなのですが、2D版のブラウザに「VRで開く」というコマンドが存在します。普通にスマホでWebを見ている最中にこれを選ぶと「Gear VRに装着してください」と画面に表示されます。言われたとおりにスマホをヘッドセットに装着して頭にかぶると、VR版ブラウザが起動して、同じページが表示される流れです。

Samsung Internet VR (2015)

最近ではWebVR技術の進化により、パソコンのブラウザでSketchFabなどの3DCGデータに関するウェブページを見ている際、リンクをクリックしてヘッドセットをかぶると、そのページで表示されていた3DモデルをすぐにVR内で見られる仕組みも増えてきています。

いずれの仕組みでも、ヘッドセットをかぶった後はVR内メニュー等をすっ飛ばし、かぶる前に指定された場面へ直接遷移します。VRヘッドセットをかぶる前から行動の一連の流れを作り、かぶる行動を流れの最初ではなく途中に持ってくることで、ヘッドセットの使い始めの面倒臭さを軽減できていたと感じました。

技術的にはこういった挙動はAndroidのIntentを送ったり、ブラウザアプリを2DアプリとしてもVRアプリとしても振る舞わせることで実現されています。最近では後者的な挙動を持つアプリを作るためのHybrid Apps機能がOculus Connect 5で予告されているので、PC向けではやりやすくなりそうです。一方、VRと2Dのアプリが同一機器上で動作したGear VRの時と違い、スタンドアローンVRヘッドセットのコンテンツと2Dコンパニオンアプリは別の機器として動いているため、連携を組むのは以前より難しいかもしれません。うまいAPIとかあるといいんですが。

使い続けやすさの工夫

先程のコンピューティングデバイスの進化と並行して、ビデオゲームコンテンツの進化にも似たような流れを見ることができます。初期のゲームはセーブ機能もなく、ワンセッションで一気に遊び切るものが殆どでした。しかしそこからパスワードやバッテリーバックアップ、そして携帯型ゲーム機の登場により、いつでも中断できる仕組みや、比較的短時間で1ゲームを終えられるゲームデザイン等が増え、より細切れの時間単位でも楽しめるようになりました。携帯電話やスマートフォンのモバイルゲームに至っては、その多くがゲームシステムの中に実時間の経過や、時には実空間の移動をも積極的に取り入れ、「細切れの時間単位でも遊べる」から、もはや「細切れで遊ぶのが前提」となっています。モバイルゲームの使い始めやすさ、やめやすさ、戻ってきやすさに対する考慮は相当なレベルで行われています。

VRでもいくつかこういった試みは行われてきました。Rift発売と同時に無料公開された「Farlands」は、様々な生物が棲む未知の惑星を調査するゲームですが、毎日訪れる度に星の状況が少しずつ変化するという特徴を持っていました。また、PlayStation VRの「ねこあつめVR」も、元のモバイルゲームが放置系ゲームだった事もあり、ゲームを起動しては庭を訪れたねこと戯れ、閉じてはまた別の時に庭を覗きに行くモデルをそのまま採用しています。(これはどっちかというと据置機よりはモバイルVR向けな気もします。)

ねこあつめVR (2018)

Rift Core 2.0から登場したOculus Homeでは、自分の部屋を様々な家具や内装アイテムでデコレーションできるようになっていますが、このアイテムは毎週Homeを訪れる事で新しいものを手に入れる事ができるようになっています。

株式会社桜花一門によるゲームModern Archery VRでは、ワンゲームが1分で終わるシンプルさに加え、起動直後のメニュー画面にある掲示板の中身が毎日のように変わっているので、「今日は何が書いてあるのだろう」と気になる仕組みがありました。

最近では、ベータテスト中のOculus Go用ソーシャルVR環境Ambrでもログインボーナスや時限イベントが実装されており、こちらも面白いです。テストが毎日午後9時から9時半の間だけに限定されているのも、同時ログイン数を集中させるためだとは思うのですが、「おっと9時だAmbr行かなきゃ」と思わされて積極的に参加する動機づけになっています。例えが古いですが、オンデマンドビデオが無かった頃の昔ながらのテレビ放送や、テレホタイムなどを彷彿とさせますね。

おわりに

いくつか事例を挙げましたが、これらはVRコンテンツ全体の中ではほんの一部であり、このような仕組みが導入されているVRコンテンツはまだ多くありません。個人的には、こういった考え方はもっともっと積極的に取り入れていってもいいのではないかと思っています。もちろん、始めやすく・戻りやすくなっていても肝心のコンテンツの魅力が無いのでは本末転倒ですが、逆にコンテンツの魅力は十二分にあるのにも関わらず、始めにくさ・戻りにくさに阻まれて勿体無いことになっているケースもよく見る気がするのです。ヘッドセットベースのVRが先天的にこういう性質を持っているメディアだからこそ、コンテンツ開発者側も先回りしてそれに対処していく事で、そういった事態を少しでも回避できるのではないでしょうか。

僕自身はOculusを6月末に退職してから、数ヶ月間は骨を休めて過ごし、最近は少しずつフリーランスVRエンジニアとしての活動を始めているところです。(最近になってやっと、Riftソフトウェアの日本語化、Amazon.co.jpでのRiftGoの販売など、長年プッシュしていた事もようやく進みつつあるのは感慨深いです。だいぶ大枠としてですが、これらもまた「始めやすさ」の一環だと思うので。)ここしばらくの間に考えてきた事をまとめようとしたらとんでもなく長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。

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